遺留分という制度は有益です。しかし一方で、とあるケースにおいては不都合な制度となってしまっています。
それは「事業を後継者へ承継する」というケースです。
今回の記事では、先代経営者から後継者への事業承継の際に、遺留分の制度に妨げられず円滑に進めるために設けられた特例について紹介します。
目次
遺留分が問題となる事業承継のケース紹介
ここで一つ例を出します。
会社の経営者である父親が、後継者である長男に事業承継しようとします。そこで、生前贈与や遺言によって長男に自社株式を集中させて親族間事業継承することを考えています。
なぜなら、株式会社の経営は、役員の選任から決算の承認などについては株式の過半数の賛成で決定され、定款変更や合併、事業譲渡などの重要事項は、株式の3分の2の議決で可決されるので、会社の経営を安定させるためには、会社を承継する長男に株式を集中させる必要があるのです。
しかし、この父親には遺留分権者である妻・次男がいます。
このような場合、妻と次男にはそれぞれ、遺産全体の4分の1、遺産全体の8分の1に該当する遺留分が認められています。合わせて遺産全体の8分の3は遺留分として、妻と次男が相続する権利があります。
妻と次男とが8分の3を持つことになると、役員の選任権や決算の承認権は、過半数の株式を有する長男にあることになりますが、長男の株式は3分の2を超えてはいないこととなるので、会社の根本的なルールである定款の変更や合併や営業譲渡といったことが事業を承継する長男の意思では決められないということになります。
自社株式が父親の遺産の大部分を占め、遺産の8分の5を超えるようであれば、妻と次男の遺留分を侵害することとなりますから、遺留分減殺請求のリスクを防止するために自社株式を分散させざるを得なくなります。それは前記のとおり、事業承継にとってマイナスになってしまう可能性があります。
このような場合に、事業承継の際の遺留分について円滑に進むよう「特例」を定めています。ここからはその特例について説明していきます。
救済として「遺留分に関する民法の特例」があります
遺留分が円滑な事業承継を妨げることがないよう定められた特例とは、「中小企業経営承継円滑化法の『遺留分に関する民法の特例』」(以下、遺留分に関する民法の特例)です。
この特例を用いると、現経営者から後継者に生前贈与や遺贈された自社株式について、相続人全員の合意のうえで、以下のような取り扱いが可能となります。
・遺留分算定の基礎となる財産から除外する。(除外合意)
・遺留分算定の基礎となる財産に算入する価額を合意時の時価に固定する。(固定合意)
この対応をとることで、遺留分が円滑な事業承継を妨げることなく、進めることが可能です。
除外合意・固定合意、それぞれについての紹介をしていきます。ちなみに除外合意と固定合意は併用可能です。
除外合意とは
遺留分算定の基礎財産から贈与や遺贈された株式を除外するというものです。
この制度を利用するには、先代経営者の生前に後継者は、経済産業大臣から後継者としての確認を受ける必要があります。遺留分権利者全員が除外の内容について合意し、家庭裁判所から許可を受けることで可能となります。そして、合意した他の相続人は、以後遺留分の主張ができなくなります。
この除外合意は、経営を承継する長男にとって一番有利な合意となります。逆に言えば、他の相続人にとっては不利な合意になります。
したがって、 先代の後継者が会社の株式以外の遺産の配分のバランスなどを考えて、生前贈与や遺言書を作成したうえで、他の相続人に株式の遺留分算定の基礎からの除外を納得してもらう必要があります。
固定合意とは
固定合意は、遺留分の算定基礎財産に算入する自社株式などの価額を合意時の価格に固定するというものです。
通常、遺留分の算定は相続開始時、つまり被相続人が亡くなった時の価額をもとに計算されます。つまり、先代経営者から後継者に自社株式の贈与をしたのちに、後継者の貢献により株式価値が上昇した場合でも、先代経営者が亡くなった際の株式価値が遺産となり、遺留分も計算されます。それでは事業承継したのち後継者の会社経営の意欲を低下させてしまう可能性があります。
それを防ぐために設けられているのが「固定合意」という制度です。
除外合意と同様に、経済産業大臣の確認を受けた後継者が、遺留分権利者全員との合意内容について家庭裁判所の許可を受けることで活用できます。
また、相続税に関して、相続時に自社株式が値上がりしていても、値上がり分を考慮する必要はありません。
なお「合意時の評価額」は、その評価額が妥当なものなのかを判断しなければなりません。そのため、税理士、公認会計士、弁護士の証明が必要です。
こちらは、遺留分の対象となる株式の額を生前に決めておくということで、除外合意ほど大きなメリットはありません。しかし、後継者が経営することによって株式が上昇する可能性がある場合は固定合意をしておくメリットはあると思います。
また、除外合意・固定合意どちらか一方、または両方とともに用いることのできる「付随合意」がありますので、そちらも紹介します。
付随合意とは
付随合意は、除外合意または固定合意と併せておこないます。
後継者が先代経営者から贈与を受けた自社株式以外の財産を遺留分の対象から除外したりすることを相続人全員で合意することです。
また、後継者以外の相続人が先代経営者から贈与を受けた財産を遺留分の対象から除外したりすることを推定相続人全員で合意することも可能です。
自社株式以外の財産とは、例えば、事業用に供している不動産や現金などです。
この付随合意まで合意できれば、株式だけでなく、事業用に使用している不動産や事業の担保に入っている不動産などを遺留分の対象にしなくて済むので、相続の際に、事業承継者である長男が困るということはなくなります。
「遺留分に関する民法の特例」を活用するための要件
この特例を利用するには、一定の条件を満たしている必要があります。以下が条件となります。
1. 中小企業者であること。
2. 合意時点において3年以上継続して事業を行っている非上場企業であること。
3. 先代経営者が過去または合意時点において会社の代表者であること。
4. 後継者は、合意時点において会社の代表者であること。
5. 先代経営者からの贈与等により株式を取得したことにより、会社の議決権の過半数を保有していること。
これら全てに該当しない限り「遺留分に関する民法の特例」を受けることはできません。
「遺留分に関する民法の特例」を受けるためにすべきこと
遺留分に関する特例を受けるためには、後継者による法的な手続きが必要となります。
以下、必要な手順を順番に説明していきます。
① 後継者と推定相続人の間で合意書を作成する
何度か申しましたが、特例を受けるためには、推定相続人全員の合意が必要です。合意書は書面によって作成します。
② 経済産業大臣へ申請をおこなう
経済産業大臣への申請は、合意から1ヶ月以内に後継者が単独でおこないます。大臣確認は、経済産業省本省においておこなわれるものなので、申請書および添付資料は、経済産業省へ直接提出、または各地方経済産業局へ提出します。
申請書はこちらよりダウンロードすることができます。
③ 家庭裁判所へ申立てをおこなう
経済産業大臣の確認が下りたら、1ヶ月以内に家庭裁判所へ特例合意の申し立てを行います。この申立ても後継者単独でおこないます。申立て先の家庭裁判所は、先代経営者の住所地である裁判所です。
④ 家庭裁判所の許可が下り手続きが完了する
家庭裁判所の審理により問題が見つからなければ、後継者に対して許可が下り、遺留分に関する民法の特例が認められます。
「遺留分に関する民法の特例」はあまり活用されていない
ここまで、「遺留分に関する民法の特例」について紹介してきましたが、実際にはあまり活発に利用されていないのが現状です。
除外合意は後継者に取ってメリットが大きいけれども、他の相続人の遺留分を減らすことになることから、なかなか合意をすることが難しいのがその理由と考えられます。
ただ、贈与税の猶予なども受けられることから、事業承継者にとっては、検討に値する制度と言えます。
経済産業大臣・家庭裁判所と2回にわたって許可を受けなければならず、その申請書類の作成にはどちらも手間がかかります。また、内容の書き換えも容易ではありません。
さらに、固定合意に関しては弁護士等の専門家の証明が必要です。贈与が伴うことから、贈与税の猶予について、税理士の協力も必要となります。
「遺留分に関する民法の特例」以外の解決方法 ー遺留分の生前放棄ー
「遺留分に関する民法の特例」以外にも、事業承継を円滑に進めるための方法があります。
その方法が「遺留分の放棄」です。
遺留分の放棄とは、読んで字の如く、遺留分を放棄することです。遺留分権利者ではあるけれど、遺留分を受け取らないという手続きです。
この遺留分の放棄は、相続放棄と異なり、相続開始前でもおこなうことができます。
つまり、冒頭で紹介したケースで言えば、先代経営者の生前にあらかじめ妻と次男に遺留分の放棄をしてもらうことで、自社株式の分散を防ぐことができます。
相続開始前の遺留分の放棄は、当事者間で口頭や契約書を交わしても効力はありません。家庭裁判所に申立てをおこない、許可を受けて初めてその効力を発揮します。
遺留分の放棄の詳しい手続きについて知りたい方は、「遺留分の放棄をしたいけどその方法は?相続人の生前と死後で異なる手続き」の記事をお読みください。
相続が関連する事業承継は弁護士に相談を
経営者にとって、事業承継は大きな悩みです。
優秀な後継者の確保、後継者とその他役員・社員とのトラブル、自社株式の贈与、事業承継後の安定した企業経営など、様々な課題があります。
しかし、誰もが円滑に問題なく事業承継したいと考えるはずです。
当事務所は、相続分野に加えて、企業法務も得意な分野としています。企業法務に関するブログも書いていますのでぜひご覧ください。
今回紹介したように、相続と事業承継が関わるケースに直面しているようであれば、ぜひともご相談くださいませ。
幅広い選択肢の中からあなたに合った解決策の提案をさせていただきます。
「遺留分減殺請求は弁護士に依頼すべき」このように言われている理由は「遺留分減殺請求を弁護士に相談した方が良い”7つ”の理由」を読めばわかります。
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